「弁護士に懲戒請求した」と公表する事例
最近、弁護士に懲戒請求した人が、「弁護士に懲戒請求した」とSNS等で公表する事例について、そのリスクを検討する機会がありましたので、検討結果をまとめておきます。
弁護士Aは、依頼を受けて、相手方に対して、損害賠償請求訴訟を提起しました。現在、訴訟係属中です。
ある日、相手方本人が、弁護士Aに対する懲戒請求をし、その日のうちに、「弁護士Aに懲戒請求しました」とSNSに匿名で投稿しました。なお、どのような懲戒請求をしたのかは投稿されていません。
これに対して、弁護士Aは、どのような行動を取る可能性があるでしょうか。
考えられる可能性としては、次の通りです。
- 損害賠償請求訴訟を提起する
- インターネットで反論する
- 刑事告訴する
「懲戒請求した」とだけ公表するのは違法
- 懲戒請求がなされた事実は、弁護士の名誉を毀損すること
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裁判所は、「弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものと認められる」と判断しています(知財高裁令和3年(ネ)10046号)。したがって、懲戒請求したことを不特定・多数人に公開する行為は、弁護士の名誉を毀損すると言えます。
- 違法性阻却事由は認められない
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名誉毀損は、事実が公共の利害に関すること、専ら公益を図る目的であること、事実の真実性が認められれば、違法性が阻却されます。なんとなく、弁護士というのは、国家資格で仕事をしている以上、懲戒請求がなされた事実は、公共の利害に関わるかのような印象もあります。
しかし、弁護士に対する懲戒請求件数に対する懲戒処分数の割合は、2015年~2024年の10年間において、1%~5%程度を推移しており(弁護士白書2025年版190頁)、95%以上は懲戒されていません。したがって、単に、懲戒されたという事実だけ摘示し、懲戒請求の内容には言及されていない場合、それを見た一般の多数人は、懲戒の蓋然性について、何らかの判断をすることは不可能です。そのため、弁護士の名誉を毀損する効果しかないといえ、公共の利害に関わるとは言えないと思われます。また、それを公表する行為は、専ら公益を図る目的とも認められないと考えられます。
損害賠償請求
では、弁護士は、名誉毀損に基づく損害賠償請求を選択するでしょうか?それも、弁護士の選択肢の一つであることは間違いありません。
しかし、弁護士は、依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件については、その職務を行ってはならない(弁護士職務基本規程28条4号)とされています。
本件想定事案だと、依頼者は、相手方に対し、損害賠償請求をしており、訴訟係属中です。つまり、弁護士が、相手方に対し、名誉毀損に基づく損害賠償請求をすると、相手方の限られた資産を依頼者と取り合うことになるため、同規程に抵触する恐れがあります。
職務基本規程28条では、依頼者が同意した場合には、職務を行うことができることになっていますが、依頼者は、弁護士から求められれば、心理的に、同意を余儀なくされる立場に置かれており、同意を求めること自体が、適切ではないようにも感じられます。適切ではないといっても、「してはならない」という意味ではありませんが、少なくとも、弁護士には、そのような同意を依頼者に求めることを差し控える心理が働かざるを得ないでしょう。
インターネットで反論
では、弁護士は、それに対する反論をインターネットで公開する可能性はないでしょうか?実は、弁護士が、インターネットで、懲戒請求者の実名を記載した懲戒請求書全文を掲載して反論することが許されるかが争われた裁判例があります。
知財高裁令和3年(ネ)10046号 著作者人格権等侵害行為差止等事件
弁護士が、懲戒請求に対する反論をブログに掲載するに当たり、懲戒請求者の氏名が記載された未公表の懲戒請求書をアップロードしてリンクを張った行為につき,懲戒請求書の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害に基づく同弁護士に対する差止め及びプライバシー侵害等に基づく損害賠償請求は,いずれも権利濫用に当たり許されないとされた事例です。
反論を事前に公表する必要があるか?
まず、弁護士が、懲戒請求に対する反論を、懲戒請求の結果が出る前に、公表する必要性について、次のように述べられています。
弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものと認められるから,懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には,最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に,そのときになってその事実を公にするだけでは,懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところである。したがって,弁護士が懲戒請求を受け,それが新聞報道等によって弁護士の実名で公表された場合には,懲戒請求に対する反論を公にし,懲戒請求に理由のないことを示すなどの手段により,弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ機会を与えられることが必要であると解すべきである。
実際、弁護士に対する懲戒請求は、懲戒しない判断が出るまで半年以上かかることが珍しくなく、事案によっては、1年を超過することさえあります。事前に反論する権利があるのは当然のことと言えるでしょう。
懲戒請求書の全文を掲載することが許されるか?
インターネットで反論するためには、まず、どのような懲戒請求であったかを明らかにする必要があります。そこで、懲戒請求書の全文を掲載することが許容されるかが争われましたが、裁判所は、次の通り、判断しています。
懲戒請求書の理由の欄には,その全体にわたって,懲戒請求を正当とする理由の主張が記載されていたから,一審被告Yとしては,本件記事1において本件懲戒請求書の要旨を摘示して反論しただけでは,自分に都合のよい部分のみを摘示したのではないかという疑念を抱かれるおそれもあったため,その疑念を払拭し,本件懲戒請求の全てについて理由がないことを示す必要があり,そのためには,本件懲戒請求書の全部を引用して開示し,一審被告Yによる要旨の摘示が恣意的でないことを確認することができるようにする必要があったものと認められる。
つまり、懲戒請求書全文を丸ごと公開するのはOKということですね。
懲戒請求者の氏名を公開することは許されるか?
裁判では、懲戒請求者の氏名を公開したことが、プライバシー侵害に該当するかも争われました。
しかし,懲戒請求は匿名でされるものではなく,特定の懲戒請求者による懲戒請求に理由があるか否かが調査されるものであるから,懲戒請求に関する事実関係において,懲戒請求者の氏名は,懲戒請求された弁護士の氏名,懲戒請求の理由ととともに,重要な意味を有する事項であると認められる。しかも,前記4⑵のとおり,弁護士に対する懲戒請求は,最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず,懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで,請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものであるから,懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には,最終的に懲戒をしない旨の決定が確定した場合に,そのときになってその事実を公にするだけでは,懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところであるから,懲戒請求があった事実を公にするに当たり,懲戒請求を受けた弁護士の氏名のみを公にし,懲戒請求をした者の氏名を公にしないことは,懲戒請求をしたことについて責任を有する者を明らかにしないまま,一方的に懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉に対し重大な影響を与えることになりかねない。したがって,・・・(中略)・・・本件の具体的事情のもとにおいては,一審被告Yがその信用及び名誉を回復するために本件懲戒請求に対する反論を公にするに当たり,懲戒請求者の氏名を明らかにすることは許容されるべきものであって,それによって一審原告のプライバシー権が違法に侵害されるということにはならないというべきである。
したがって、懲戒請求したことをインターネットで公表すると、弁護士は、懲戒請求者の実名が記載されたままの懲戒請求書全文をインターネットに公開して、反論する可能性があります。
ネットでの反論を選択する可能性はどれくらいあるか?
本想定事案は、事件の相手方からの懲戒請求です。懲戒請求の内容によっては、懲戒請求書を公表したり、懲戒請求の概要を公表するにあたり、事件内容にも言及せざるを得ず、依頼者の名誉を毀損し、プライバシーを侵害してしまう可能性があります。また、依頼者の名誉やプライバシーに関わらなくても、事件が社会に注目されることを依頼者が望まない場合、弁護士は、依頼者の意向を尊重するでしょうから、あまり、表立って言論を行使することは避けざるを得ないことになります。
他方、本裁判例のように、もともとの事件が、何らかの理由により、既に世間に公表されている場合には、依頼者への影響が少ないため、公開に踏み切る可能性があります。
刑事告訴
刑事告訴が選択される可能性も、それなりには、あるのではないかと思います。一見、過激な選択肢にも思えますが、依頼者の意向に抵触する可能性が一番小さいとも考えられます。
普段、表現行為に対して、名誉毀損等の刑罰を科すことに抑制的なのは、対抗言論が許されることや、民事で解決すべきという意識が働くからで、守秘義務や利益相反によって、そのどちらもが封じられている場合、刑罰しか対抗手段がないのですから、いかに弁護士が国家資格を有して活動している公益的存在とはいえ、名誉毀損罪で起訴される可能性は、十分あるのではないでしょうか。
まとめ
弁護士に対して、理由のない懲戒請求をするリスクは、弁護士から損害賠償請求を受けたり、名誉毀損罪や虚偽告訴罪に問われたりする可能性が知られています。
しかし、懲戒請求は、請求者が、事実的・法律的根拠を欠くことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときでなければ、不法行為にはなりません(最判平成19・4・24民集61巻3号1102頁)。そのため、「結果的に、弁護士会が懲戒しなかったとしても、ある程度の根拠があれば、不当な懲戒請求ではないから、何の不利益もないだろう」と安易な判断をしてしまう人も珍しくありません。
しかし、上記裁判例に照らせば、懲戒請求自体が不法行為でなくても、その弁護士に懲戒請求したことを自ら公表してしまった場合、名誉毀損になりますし、懲戒請求の内容を公開しない場合、違法性阻却事由も認められず、弁護士が、懲戒請求者の実名が記載されたままの懲戒請求書の全文が公開しても、プライバシー性を主張できなくなってしまう可能性があるということになります。
弁護士に対する懲戒請求は、懲戒されれば、官報で公告されます。また、被害拡大を防止する緊急性があるなど、懲戒前の事前公表が必要な場合は、各弁護士会において、会内規則に則り、事前公表が行われています。
したがって、弁護士会が結論を出す前に、懲戒請求者自身が、懲戒請求した事実を公表する行為は、基本的に、裁判所から、適法性を認めてもらい難いと思われます。
なお、上記裁判例は、訴訟提起にも当てはまる可能性が高いと考えています。訴訟提起の内容にもよりますが、たとえば、不法行為に基づく損害賠償請求などは、被告が不法行為に及んだことを前提とするものですから、原告側が、被告の氏名を明示した上で、提訴を公表した場合、被告側は、原告の氏名と訴状全文を引用した上、反論することが許されると評価される可能性が高いのではないでしょうか。
