未成年者略取・誘拐罪?
先日、東京の自宅から子ども2人を連れ去り、フランス人の元夫に会わせていないという事件について、パリの裁判所が、略取の罪などに問われた日本人の元妻に、禁錮2年、親権剥奪などの判決を言い渡したという報道がありました。「これが国際常識で、日本の裁判所はおかしい」と批判する声もあります。
法律事務所では、子どもを連れて突然妻子が出て行ったとして、夫から「犯罪じゃないのか?」、「警察に通報した方が良いか?」という質問を受けることがよくがあります。最近では、育児に積極的に関与する父親が増えたからか、夫が子連れで別居して、妻から相談を受けるケースも、増えているように思います。
問題となるのは、未成年者略取・誘拐罪です。
未成年者略取・誘拐罪
未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の拘禁刑に処する。(刑法224条)
子連れ別居が未成年者略取・誘拐罪になるかについて、刑事事件の裁判例は見当たりません。これは、検察が起訴しないからです。少なくとも、日本では、別居時に勝手に子どもを連れて行ったというだけでは犯罪として扱わないというのが、実務運用と言って良いでしょう。
犯罪にならない理由は?
子連れ別居が犯罪にならない理由について、法律の専門書には、どのように記載されているでしょうか?
- 西田典之(橋爪隆補訂)刑法各論第8版 2025.3.30発行 弘文堂 言及なし
- 山口厚著 刑法各論第3版 2024.8.30発行 有斐閣 言及なし
- 井田良著 講義刑法学・各論 第3版 2023.12.25 有斐閣 言及なし
- 日高義博著 刑法各論 初版 2020.6.20 成文堂 言及なし
- 条解刑法 第5版 2025.6.30 弘文堂 言及なし
これらは、刑法の著名な専門書です。しかし、いずれも、別居後の連れ戻しを有罪とした判例(最決平成17年12月6日刑集59巻10号1901頁、最判平成18年10月12日刑集290号517頁など)には言及しているのに、子連れ別居が未成年者略取・誘拐罪として扱われていない理由は解説されていません。
この点について、深町晋也教授は、次のように述べています。
我が国においても、親による子の奪い合い事案は従来から珍しくなかったものの、必ずしも刑事事件として立件されることはなかったとされ、この点に関する学説の議論もほぼ存在しない状況であった。これに対して、前述の一連の最高裁判例は、親による(あるいは家族間における)子の奪い合いにつき、一定の場合に拐取罪の成立を肯定する判断を示し、その判断は概ね学説においても支持されていると言えよう。(親による未成年の子の奪い合いと拐取罪の成否を巡る諸問題-日本法の新たな地層-:親による子の拐取を巡る総合的研究-比較法・歴史・解釈収録 2023.6.10 第1版 平文社)
言及している文献
そこで、言及している文献を探してみました。
まず、上記の深町晋也教授です。
一方で、「両方の監護権者により保護されている環境」から「一方の監護権者により保護されている環境」への移行は、他方の監護権者の監護権を侵害し得ることは否定し難い。したがって、共同生活離脱型においても、構成要件該当性が肯定されるという理解があり得ることになる。
他方で、監護権が保護される実質を、監護権者による監護権行使を通じた未成年者の保護と解するのであれば、こうした保護が実質的に見て継続している点を捉えて、なお「保護された環境からの引離し」とは評価しないという理解もあり得ることになる。(親による未成年の子の奪い合いと拐取罪の成否を巡る諸問題-日本法の新たな地層-:親による子の拐取を巡る総合的研究-比較法・歴史・解釈収録 2023.6.10 第1版 平文社 445頁)
これに対して、一方の親権者が、他方の親権者との共同生活の場から子と共に離脱する事案では、必ずしも「略取」「誘拐」の構成要件に該当しないとは言い切れないであろう。というのは、両方の親権者によって保護されている環境から子を引き離して、一方の親権者のみが事実的に支配する状況下に置いたと言えるからである。
(中略)
以上の検討からすると、別居中の子を連れ去る事案(別居連れ去り型)のみならず、共同生活から離脱する事案(共同生活離脱型)に関しても、構成要件該当性の有無よりもむしろ違法性阻却の有無こそが拐取罪の成否にとっては決定的であることになる。(深町晋也著 家族と刑法ー家庭は犯罪の温床か? 2021年7月30日 初版 有斐閣 139頁)
次に橋爪隆教授です。
しかし、年少の被監護者にとっては急激な生活環境の変化自体がその健全な成長にとって不利益となると思われるところ、親権者による子の奪い合いを原則として不可罰とするのはやはり適切ではないように思われる。そうするとむしろ逆の方向の結論、すなわち、現在の生活環境を実力によって一方的に変更することそれ自体が原則的に違法と評価されるべきであり、拐取行為によって非監護者の保護状況が改善することが明白な場合に限って、例外的に違法性阻却すべきという理解の方が適切であるように思われる。このような理解からは、①親権行使としての正当化と②実質的違法性阻却の判断は大幅に重なり合うことになる。
もっとも、このような理解を徹底した場合、たとえば夫婦仲が悪化したことから、妻が年少の子を連れて、夫に無断で実家に帰るような行為についても、たとえば家庭内のDVを回避する必要性が高いなど、被監護者の保護に資することが明らかな場合を除いて、未成年者拐取罪に該当することになりかねない。このような結論の当否については、さらに具体的な検討が不可欠であろう。(橋爪隆著 2025.5.20 判例講座 刑法総論 144頁)
いずれも、子連れ別居が犯罪になると述べているわけではありません。しかし、どうやら子連れ別居が未成年者略取・誘拐罪の構成要件に該当する(未成年者略取・誘拐罪が規定する行為に当てはまる)という解釈は、特段、不自然なものではないようです。そうなると、日本の実務運用では、構成要件に該当するが実質的違法性が阻却されるというのが、自然な解釈になりましょうか。社会で多数発生している現象について、全部、構成要件に該当するが違法性阻却というのも、少々、違和感がありますが・・・。
裁判所の考えは?
検察が起訴しないだけで、犯罪であることに変わりはないと考えている人もいるようですが、裁判所も、基本的には、犯罪だとは考えていないと思われます。
別居後の連れ戻し事例(被告人が,別居中の妻が監護する実子を,面会交流実施後に帰すかのように装って妻らをだまし,自宅へ連れ去ったという未成年者誘拐の事案)で、弁護人側が、「最初に妻が子を連れて出て行ったのが犯罪だから、連れ戻したのは、あるべき状態への回復に過ぎない」と主張をした例があります。
弁護人は,B(妻)がA(子)を連れて別居したことが未成年者誘拐罪に該当し,正当な理由もなく子を親権者(被告人)から引き離し,親権者から注がれるべき愛情を阻害するもので,子に対する虐待にあたり,違法な行為であるから,被告人の本件犯行は違法な状態からあるべき状態への回復を図ったものであって,親権の行使として正当化でき,①の特段の事情があることは明白だと主張する。
しかし,別居に当たって,主として子を監護してきた親権者が子を置いて去ることが子の養育上適切なやり方とは考えられず,B(妻)が本件のような態様でA(子)を連れて別居したことが違法な犯罪行為になるとは考え難い。仮に,弁護人が主張するようにB(妻)の行為が未成年者誘拐罪にあたるとしても,あるべき状態への回復は本件のような自力救済ではなく,まずは正当な法的手段(警察への相談,告訴,家庭裁判所への子の監護者指定,引渡しの審判及び同保全の申立て,面会交流調停の申立てや夫婦関係調整調停(円満調整)等)によるべきであり,被告人の行為は親権の行使として正当化できるものではない。特に,本件では被告人自身も面会交流調停の申立てを行っており,B(妻)もこれに応じて実際にA(子)との面会交流が複数回実現し,弁護人の述べるところの親権者が愛情を注ぐ機会が今後確保されようとしていた。本件において,本件犯行に先立ってB(妻)がA(子)を連れて別居したことを踏まえても,A(子)の監護養育上,被告人の本件行為が現に必要とされるような特段の事情はなかったと認められる。(福岡地判令和3年8月5日判決 判例秘書L07650989)※妻、子の表示、赤字・下線は追記。
そもそも妻の刑事責任を問う裁判ではないことは、前提として理解しておく必要がありますが、まず、注目すべきは、「主として子を監護してきた親権者が」、「本件のような態様で」という条件付きではありますが、違法な犯罪行為になるとは考え難いという基本的な価値観を示したことです。つまり、少なくとも、社会的によく見られる「妻が無断で子を連れて別居した」というだけでは、犯罪にならないという点ですね。
同時に、「いかなる場合でも犯罪にならない」と言い切っているわけではないこと、「仮に、弁護人が主張するようにB(妻)の行為が未成年者誘拐罪にあたるとしても」という留保をしていることも、注目に値します。イチ裁判例に過ぎないとはいえ、裁判所が、未成年者略取・誘拐罪になる可能性を全否定しているわけではないという見方もできますね。
弁護士実務的(相談者対応)には、裁判所が、「自力救済ではなく、正当な法的手段として、警察への相談、告訴などによるべき」と言う以上、警察に相談したり、刑事告訴したりすること自体は、「やりたければ、やって良い。」、「一つの選択肢」という回答になりましょうか。たとえ、実質的違法性が阻却されるにしろ、構成要件は処罰に値する違法行為の類型ですから、刑事告訴すること自体は、むしろ当然の反応かもしれません(ただし、現状、起訴されないですし、感情的対立が深まるだけなので、ほとんどの場合、その選択肢を選ぶのは、悪手だと思います)。
また、子連れ別居した側から、「刑事告訴されたことを虚偽告訴罪で訴えたい」とか、「損害賠償請求したい」と相談されても、弁護士としては、「それは無理です。刑事告訴は正当な法的手段です。」という回答になりましょうか。
個人的には、別居後に子を連れ戻すことが自力救済で、別居時に子を連れて出ることが自力救済ではないという論理は、よく分かりません。妻は、単身で別居した後、夫に対し、子の監護者指定・引渡しの審判を申し立てることが可能だからです。理由らしきものとして、「主として子を監護してきた親権者が子を置いて去ることが子の養育上適切なやり方とは考えられないから」ということが記載されていますが、仮に、その後、家庭裁判所が、「主たる監護者は夫の方である」として、監護者指定・引渡しを認めたとしたら、妻は犯罪者になるのでしょうか?裁判所がそのように考えるとは到底思えませんし、主たる監護者ではないと認定されると犯罪者になってしまうのでは、主たる監護者でも、安心して子連れ別居できないでしょう。
民事ではどうか?
子連れ別居が不法行為に該当するとして、損害賠償請求が行われた民事訴訟が複数あります(東京地判令和3年9月16日/判例秘書L07631211など)。
いずれの裁判例も、いかなる場合でも不法行為にならないという判断をしたわけではなく、概ね、諸般の事情を総合的に考慮して、監護親が非監護親による子の監護権行使を妨げていることが社会通念上相当性を欠くといえる場合に不法行為が成立するといった規範を立てながらも、結論としては、不法行為の成立を否定しています。
少なくとも、「民事上の不法行為にすら該当しない行為が、犯罪のはずはない。」とは言えそうです。
「犯罪では?」という疑問への答え
子連れ別居は、「いかなる場合でも犯罪にならない」とか、「犯罪という考え方は学問上あり得ない」といった断定はできませんが、実務運用では、よほどの事情がない限り、犯罪としては扱われません。そして、今まで民事の賠償すら否定してきたのに、突然、犯罪として処罰されるようになるとも思えないため、その運用が変更される可能性は、現状、ほとんどないと思います。
しかし、文献や裁判例を調べる限り、「犯罪では?」という発想をすることは、現行法の解釈としてもおかしくないと言えます。
しかも、「犯罪にならない理由」についても、裁判所や法律学者から十分説明されているとは言えず、疑問に思った人が法律書を紐解いても、“親権者といえども現在の生活環境を離脱させる行為は、構成要件に該当する”(山中敬一『刑法各論』成文堂2015年12月・第3版)などと書かれていれば、「犯罪じゃないか」と思うのも、当然のことだと思います。
また、外国では犯罪として扱われる国がある以上、犯罪にすべきという主張が、一般的に間違っているとも言えないでしょう。
なお、日本では、親権者による子連れ別居である限り、いかなる場合も起訴されないかというと、それは疑問です。
たとえば、国外に連れ出す目的があると、家庭裁判所による法的解決を不可能にするということで、起訴され、有罪になる可能性もあると思います。裁判所の判断には、「家庭裁判所による解決を不可能にするか否か」が大きく影響しているような気がします。また、国内であっても、たとえば、連れ出した後、適切に監護せず、車中泊を繰り返し、学校にも行かせなかったといった事例なら、どうでしょうか。
弁護士倫理
上記のように、刑事的にも、民事的にも、子連れ別居の責任を問われるケースは限定的であり、裁判所が「違法」と判断するには、かなりの条件が揃わなければ難しいでしょう。
ただ、離婚に関与する弁護士としては、弁護士倫理の心配をする必要があります。
品位を失うべき非行(弁護士法56条1項)は、不法行為の違法評価より広く、その範囲も曖昧であり、裁判所が不法行為に該当しないと判断した弁護士の行為が、弁護士会によって、品位を失うべき非行と評価され、懲戒された例もあります。また、刑事的にも、民事的にも、配偶者の責任を問うことが難しいとなれば、子連れ別居されて怒り心頭の当事者が、弁護士に矛先を向けることは十分考えられ、子連れ別居への関与は、懲戒請求リスクのある業務です。
実際のところ、裁判所が違法視していない以上、子連れ別居を推奨したとしても、弁護士会も、軽々に懲戒するとは思えません。しかし、「刑事責任・不法行為責任・弁護士の懲戒」を比較すれば、懲戒が一番ハードル低そうなのも、紛れもない事実です。
しかも、「夫に内緒で子どもを連れて出ようと思いますが、良いですか?」という相談は、頻出であるにもかかわらず、模範回答を解説した実務書、マニュアル本が、見当たりません。たとえば、日弁連の会員向け資料「家事弁護実務ハンドブック」(2023.6)などにも記載はありません。そのため、弁護士は、各々の判断で、弁護士倫理に違反しないよう注意して、回答しなければならないということです。
私が、弁護士として、注意しているのは、そもそも、適法・違法は別として、「子連れ別居が子どものためになるか」は、法律相談段階の弁護士には、判断できないということです。相談者の監護実績や、子の心情、別居後の監護体制等を完全に把握することはできないからです。そのため、「無条件に子連れ別居を推奨するわけではなく、連れて行くことが子どものためになるかは、親として適切に判断して欲しい。弁護士が判断することではなく、相談者が判断することだ。」という留保は必要でしょう。
また、別居時に、どういう態様で子どもを連れて出て行くかも、弁護士にはコントロールできません。こっそり連れて行く予定だったのに、当日、配偶者とトラブルになり、有形力が行使されたり、脅迫や欺罔行為が行われるという展開も考えられます。このような許されない行為を解説しておくことも重要だと思っています。別居が完了するまでは、相談に留め、委任契約書などの作成をせず、「関与した」と言われないようにする弁護士もいるようです。