法定養育費とは
法定養育費とは、2026年5月までに施行される改正民法で新設された制度です(民法766の3)。当事者の合意がない場合に、法律の定めによって自動的に発生するから、「法定」養育費です。
これにより、養育費の取り決めをしないまま離婚した場合、子を監護する方の親は、子の最低限の生活に必要な標準的な養育費を、他方の親に請求できるようになります。現在のところ、子1人あたり月額2万円とする省令案が出ていると報道されています。
これは、養育費の下限を2万円にするというわけではなく、2万円を超える合意もできれば、2万円を下回る合意も可能で、裁判所が養育費を判断(審判)する場合でも、2万円を下回ることがあります。つまり、協議や裁判によって養育費が決まるまで、暫定的に自動発生するのが法定養育費ということになります。
実務上の影響
養育費の合意が促進される可能性があります。
法定養育費制度が想定しているのは、養育費を請求したくても、協議や手続の(心理的・費用的)負担が重く、躊躇してしまう人に対して、暫定的に権利を保障して、取決めや支払いを促進することです。
支払い側(子を監護しない側)は、養育費の取決めをせずに、放置しておくと、法定養育費の未払いが増大し、将来的に、未払分の一括払いを求められるリスクがあります。しかも、法定養育費には、先取特権(改正民法306条3号、308条の2)が付与されるため、裁判を経ずにいきなり強制執行が可能であり、一部に不履行があれば、将来分も含めて差し押えることができます(民事執行法193条2項、151条の2)。つまり、養育費の取決めも、支払いもせずに、1か月が経過すると、その後の給料は延々と差し押えられてしまう可能性があるということになります。
取決めのインセンティブを欠く場合
たとえば、収入の高い男性が単独親権者となり、子を監護する場合、収入の低い妻に対して、養育費を請求する意思がない場合があります。このような場合、これまでは、支払う側は、養育費を請求されるまで放っておけば良かったのですが、法定養育費制度開始後は、養育費を0円と決めておかないと、自動発生した法定養育費の未払いが膨らんでいくことになります(そう考えると、収入の低い女性にとって、離婚後、子を監護しない場合は、相当厳しい制度になることも考えられます。)。
つまり、単独親権者が、離婚の際、「養育費は支払ってもらわなくて良い」と思っていたとしても、将来、気が変わった途端、未払分も含めて、裁判なしに、給料が差し押えられ、その後も、延々と給与差押えが継続するということです。
もっとも、法定養育費に基づく強制執行の場合、裁判所の判断で、債務者の審尋(改正民事執行法193条3項)が可能となっています。したがって、もともとは請求意思がなくて放置していたのに、気が変わったからといって、いきなり差押えに及んだような場合には、審尋が実施される可能性があるでしょう。
そして、法定養育費も絶対の存在ではなく、家庭裁判所が、養育費の定めをする際、法定養育費の全部又は一部の支払いを免除したり、支払いを猶予したりすることができます(改正民法766条の3第3項)。これにより、収入の高い監護親が、もともと請求意思がなくて、放置していたような場合、法定養育費の未払分が免除されたりする可能性はあると思います。
ただ、法定養育費は、手続負担が心理障壁となり、請求を躊躇したりする人が多いことから、最低限の額は、自動的に発生することを定めたものであるため、「請求する意思がなかったから放置していた」などと容易に認められるとは限りません。
基本的には、支払義務者側において、率先して、離婚時に養育費を取り決めておかなければ、危険だと言えるでしょう。