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非免責債権(悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権)

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悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権

破産法では、特定の債権を破産しても免責されない「非免責債権」としています。税金、罰金のほか、婚姻費用や養育費が非免責債権です。また、「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」も非免責債権とされています。

よく問題になるのは、破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権です。不法行為の被害者からすれば、加害者が破産で免責されるのは納得がいかないため、これに該当すると主張されることは、珍しくありません。

しかし、「悪意」とは、積極的な害意であり、故意では足りないと言われています。要するに、「故意に損害を与えたのだから悪質じゃないか」という論理ではダメということです。破産で免責するのが不適切な程の悪質性として、故意を超越した何かが必要ということです。

詐欺・横領や名誉毀損・侮辱

詐欺・横領などの犯罪に該当する場合、悪意が認められやすいと言えます。また、名誉毀損・侮辱などは、本人にダメージを与えること自体を目的として行われるため、積極的害意があるとされ、悪意が認められやすい傾向にあります。

最近では、飲食、ゴルフ、自動車、風俗などに対する約2300万円の経費の不正流用について、”長期にわたって常習的に行われ、流用額も多額に上っていたから”という理由で積極的害意を認定し、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」と認定したものがあります(東京地裁R6.12.20・判例秘書L07932338)。その他、「横領」と明確に指摘した上で、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」と認めたものとして、東京地裁R5.7.21・判例秘書L07831028。

インターネットへの投稿について、都合良く子どもを使って憐憫の情に訴えた金銭を稼ぐ者であることを指摘し、また、子どもを誘拐して金銭を稼ぐ闇組織に例えるものであって、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であり、投稿の内容に照らすと、積極的に愚弄することを狙ってしたものだから、害意があるとして、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」と認めたものがあります(東京地裁R4.6.8・判例秘書L07732068)。

弁護士に対する不当懲戒請求や不当訴訟

珍しいものとしては、弁護士に対する不当懲戒請求に対する損害賠償請求が、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」と認められた例があります(東京地裁R5.9.11・判例秘書L07831538)。

本件は、弁護士会の声明が違法であるという、それ自体無理な主張に基づき、しかも、その声明に関与すらしていない弁護士に対して懲戒請求したものです。そもそも、弁護士への懲戒請求が不法行為と認められるためには、「事実上又は法律上の根拠を欠き、そのことを知りながら、または、普通の人であれば、普通に考えたら、そのことを知り得たのに、あえて懲戒請求する」といった事情が必要であり、要は、「誰がどう考えても、嫌がらせとしか思えない」くらいには、不当なものでなければならないので、悪意が認められるのは、当然と言えるでしょう。

その論理からいえば、民事訴訟の提起そのものが不法行為とされる「不当訴訟」の場合も、「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」と認められる可能性が高いといえます。不当訴訟の場合も、”提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき”に限られるとされていて(最判S63.1.26民集42巻1頁)、かなり悪質な場合でなければ、そもそも不法行為にならないからです。

不貞慰謝料

不貞慰謝料が「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」に該当するかは、何度か法廷で争われていますが、認められないケースが大半です。いわく「一方的に(原告の妻を)篭絡して原告の家庭の平穏を侵害する意図があったとまで認定することはできず、原告に対する積極的な害意があったということはできない。」(東京地裁H28.3.11・判タ1429号234頁)とか、「本件婚姻関係に対し社会生活上の実質的基礎を失わせるべく不当に干渉する意図、すなわち原告に対する害意があったとまでは認められない」(東京地裁R2.11.26・判例秘書L07532348)といった表現で、多くの裁判例が、悪意を否定しています。

その説示が参考になるものとして、東京地裁R3.12.2(判例秘書L07631539)があります。要旨は以下の通り。

  • 婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するという認識を有していただけでは、故意が認められるにとどまる(悪意は認められない)。
  • 不貞相手の配偶者が病気で命に関わる状態になったことを知って、その後、不貞行為を継続しても、単なる故意が害意に転化することはない。
  • 不貞行為が、不貞相手の配偶者にバレた後も、不貞行為を継続したことや、婚姻関係が終了する前から同棲を開始したことも、故意を超える害意を基礎付けるものではない。
  • 弁護士からの通知を無視したり、内容証明について、他人を装って受取拒否したとしても、単に責任追及を回避しようとする態度に過ぎず、害意は認められない。
  • 不貞相手の配偶者の病死を望んでいたとしても、不貞をする者が、恋愛感情ゆえに、不貞相手の独占を望むのは一般的な心情だから、不貞の故意に包含されていて、それを超える害意までは認められない。

要するに、世間一般の不倫によく見られる事象である限り、不貞の故意に過ぎず、害意ではないということです。

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