最近の議論
最近、独身偽装を犯罪化すべきであるという声が大きくなっており、オンライン署名が行われたり、新聞等で取り上げられたりしています。

しかし、法律家の間では、反対の声も大きいのが現実です。何が問題なのでしょうか。
現行法で処罰対象外の理由
「刑罰を科すほどの必要性がないから」です。
現行法でも、独身偽装は、民事上、不法行為(貞操権侵害)と認められており、性的自己決定権を侵害するとされています。
しかし、独身か既婚かは、その人の属性に過ぎず、「その人と性行為をする」という同意は存在しています。独身だから性行為に応じたというのは、動機に過ぎないので、刑罰で禁圧するほどのものではないという価値判断がなされているのです。
行為の相手方の社会的地位等といった属性について誤信があるにすぎない場合を処罰の対象としていないのは、このような誤信は、言わば、性的行為をする動機に関する誤信であり、現時点において、そのような誤信があることのみをもって処罰対象とすべきであるとまでは必ずしもいえないと考えられることによるものである。(法曹時報76巻1号92頁「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」)
刑法には、比例原則からくる謙抑主義が説かれます。つまり、刑罰は最も重い制裁なので、悪い行為だからといって、なんでも犯罪にするのは、社会的コストや国民の行動の自由の観点から、やりすぎであること、人が人を非難するときは、歯止めが利かず、エスカレートする性質があることからも、刑罰以外の手段では、目的が達成できない場合に限って犯罪にすべきということです。
その意味では、独身偽装については、犯罪化しなくても、貞操権侵害に基づく慰謝料請求が認められており、その相場を上げていくことならともかく、刑罰までは必要ないとも考えられます。
処罰範囲の際限ない拡大
現行法は、性行為の同意自体がなかった場合は処罰するが、動機に錯誤がある場合(○○であることを知っていれば、応じなかったが、○○だと信じたので、同意したという場合)は処罰しないという区別で立法されています。動機とは、「独身だから性行為に応じた」だけではなく、「金持ちだから」「正社員だから」「次男だから」「他に彼女がいないと思っていたから」「まだ30代だと思っていたから」なども含まれます。
もし、独身偽装を犯罪化すると、「金持ち」や「正社員」と騙された場合も、処罰すべきということにならないでしょうか。独身偽装の犯罪化に対する反対意見は、このような処罰範囲の際限ない拡大を懸念しているのです。
独身偽装犯罪化を議論するには、「金持ちだから」「正社員だから」「他に彼女がいないと思っていたから」「まだ30代だと思っていたから」などの誤信があった場合も処罰すべきなのか、それとも、それらを処罰するのはやり過ぎだが、独身偽装に限っては処罰すべきなのか、という点を明確にする必要があります。
そして、もし、独身偽装に限っては、処罰すべきであるというなら、その理由を明らかにしなければなりません。
私は、仮に、独身偽装を犯罪化するとしても、「金持ち」「正社員」「他に彼女がいない」「まだ30代」などの詐称を処罰するのは反対です。
しかし、これらを独身偽装と区別するのは、価値観の問題であり、要するに、男女関係において、独身か既婚かの詐称は、違法性を帯びるほど重大だが、「金持ち」や「正社員」は、そうではないということです。これは、現在の貞操権侵害訴訟でも同様の価値判断がされており、独身偽装は貞操権侵害で慰謝料を請求できますが、「金持ち」偽装による慰謝料請求は認められないでしょう。
問題は、このような区別が、誰にとっても自明なわけではないことです。人によっては、「金持ち」と偽った場合の方が重大なこともあるかもしれません。
独身偽装だけなら、問題は小さい
独身か既婚かは、戸籍によって客観的に定まるため、構成要件も客観的に定められます。また、独身偽装を犯罪化したとしても、おそらく、困る人は、ほとんどいないでしょう。
不貞慰謝料を免れるために、「独身だと嘘をつかれた」という虚偽の主張が増えるという意見もありますが、現時点でも、「独身だと嘘をつかれた」というのは、良くある弁解で、犯罪化によって、そのような弁解が増えるとは思えません。むしろ、犯罪化すると、「独身だと嘘をつかれた」という虚偽主張は、相手を犯罪者扱いすることになるわけですから、抑制する方向に作用するのではないでしょうか。
やはり、最大の問題は、独身偽装以外に処罰範囲が拡大することです。
